大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)708号 判決

岡山市紙屋町八九番地

上告人

三田孝夫

右訴訟代理人弁護士

片山通夫

同所同番地

被上告人

森経子

右当事者間の家屋明渡請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和三一年六月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人片山通夫の上告理由第一点について。

所論は、原判決は、被上告人の請求の原因たる賃貸借期間満了の関係について判断を遺脱し審理不尽又は理由不備の違法があると主張する。しかし原判決の引用する第一審判決の事実摘示によれば、被上告人は、期間満了による契約終了を原因として本件家屋明渡を求めるとともに、「仮に本件賃貸借が期限の定めがないとしても、右内容証明郵便乃至訴状の送達は解約の通知であり、既に六個月を経過した今日では契約は解約により終了しているのであるから、これを原因として本件家屋の明渡しを求める」と主張している。これに対し原審は、本件賃貸借は昭和二八年二月一日以降期間の定めなき賃貸借になつたと判断し、昭和二八年七月四日被上告人が内容証明郵便を以てした本件家屋明渡請求並びに更新拒絶の意思表示は、本件賃貸借契約解約申入の効力を有するものと解すべき旨判示したのは、被上告人の「期間満了による賃貸借終了」の主張を排斥した上、「解約申入による賃貸借終了」の主張の当否を判断しこれを理由ありとしたこと明らかである。従つて原判決の理由に所論のような違法は認められない。

同第二点について。

所論は、原判決が甲第二号証をもつて解約の申入と認定したことは違法であると主張する。しかし賃貸借契約の解約申入は、もとより要式行為ではないから、契約の存続を欲しない意思が表示されていれば足りる。被上告人は、本件内容証明郵便によつて賃貸借の更新を拒絶する旨を表示したが、もし期間の定めのない賃貸借とすれば、さらにその存続を欲しない意思をも明らかにしたものと認められる以上、当然「本件賃貸借を解約する」という意思表示を包含するものと解することをなんら妨げるものではない。この趣旨に出でた原審の認定は相当であつて所論のような違法はない。

同第三点について。

所論は、原判決は、被上告人の申し立てない事項について判決した違法があると主張する。しかし所論の理由のないこと、所論第一点について説示したとおりである。

同第四点について。

所論は、原判決は「共同経営」の形式をとつた事実を認定しながら、それがいかなる法律効果を生じたか、若し生じないとすれば、何故か、について判示しないのは、理由不備、審理不尽の違法があると主張する。しかし原判決は、所論の証書ないし事業共同契約書は、当事者が形式上差入れたもので真実そのような合意があつたものではないと認定した趣旨であること行文上明らかであるから、かかる書面上の記載が、法律上その効力を生じ得ないという趣旨であるこというまでもない。かかる場合、法律上効力を生じ得ない旨を一々判示しなければならないものではない。所論は採用できない。

同第五点について。

所論は、違憲をいう点もあるが、その実質は、原判決が本件解約申入の正当性を判断するにつき上告人側の事情について審理を尽さなかつた違法があると主張するに帰する。しかし原判決は、上告人が、兄吾一郎の営業を手伝つていた後、独立して雑貨商を営むため、兄吾一郎が借り受けていた本件家屋を引き継いだのであるが、兄吾一郎が借り受けた当時から、被上告人亡夫寿郎が早晩教職を退けば明渡す約束で何時までも賃借できない事情にあつたことを認定した上、上告人は、営業が緒についたところで困窮の程も察するに難くはないが、かかる事情の下においては、「本件家屋を明渡しても一時兄吾一郎の許に復帰した上で後途を策することもできるものというべく」と判断し、結局被上告人の解約申入について正当事由あるものと断定したのであつて、所論のような審理不尽があるとは認められない。

同第六点について。

所論は、原判決は、上告人の権利濫用の主張について判断するところがないといい、かつこの理由をもつて原判決の違憲を主張する。しかし原審が、被上告人に借家法一条の二の「正当の事由」がありと判断するに至つた詳細な説示を精読すれば、所論の解約の申入が権利濫用にあたらないと判断した趣旨を含むことを看取するに難くなく、かかる場合原判決が明らかにこれを排斥する判示をすることは望ましいけれども、原判決のようにたまたまこれを明示しなかつたからといつて、これをもつて直ちに判断遺脱というのはあたらない。さればこの理由を前提とする違憲の主張も採用のかぎりでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

昭和三一年(オ)第七〇八号

上告人 三田孝夫

被上告人 森経子

上告人代理人片山通夫の上告理由

第一点

一、被上告人の本訴明渡請求は賃貸借期間の終了である。一審判決摘示事実欄によるも「原告は本件賃貸借期間の満了を期して本件建物の明渡を受け自ら営業を営み生計を樹立するため昭和廿八年七月四日被告に対し内容証明郵便を以て更新拒絶の意思表示をなし本件家屋の明渡を求めた……依つて被告に対し右郵便により更に訴状により更新を明瞭に拒絶しているから昭和廿九年一月卅一日の期間満了による契約終了を其原因とし」と明白に主張して居る。

二、従つて原審は本訴請求の原因である右更新拒絶による賃貸借期間の終了による明渡請求が正当であるかないかを判断しなければならない。然るに「期間の定ある建物の賃貸借であつても法定更新されたときは期間の定なき賃貸借であるから……。昭和廿八年二月一日以降の賃貸借に付特に其条件に付約定の事実なき限り法定更新され同日以降は期限の定なき賃貸借となつた」云々と判定している。

三、従つて原判決は被上告人の請求原因である右期間終了による明渡請求に付其前提たる(イ)被控訴人主張の如く本件は賃貸借期間が一年で毎年更新されるものか夫とも控訴人主張の期間の定なく賃借したものかの点に付判断し(ロ)然る上被控訴人主張の更新拒絶の意思表示ありや否や(ハ)更に進んで右更新拒絶は正当であるかないか(ニ)仍て被控訴人の期間満了による明渡請求は正当なりや否やを判断すべきものであるに拘はらず、原判決は右(イ)(ロ)(ハ)の三階段の判断をせずして方面違いの解約の申入による当否を先ず判断してる。

四、従つて原判決は被上告人の本訴請求原因たる右(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の判断を遺脱した審理不尽又は理由不備の不法がある。成程被上告人は「仮に賃貸借の定がないとしても右内容証明郵便や訴状の送達は解約の通知である」の附言があるけれども夫は以上述べた被上告人の(イ)(ロ)(ハ)の事実が認められないとして且(イ)(ロ)(ハ)による帰結の(ニ)の請求が正当でないとしても一面右郵便や訴状の送達で解約の申入となるというに過ぎないのであるから本件では先づ(イ)(ロ)(ハ)の事実の有無を審査判断しなければ(ニ)又は解約の申入の当否が定まらない筈である。原判決は本件請求の基本事実である(イ)(ロ)(ハ)に付て審査判断しない不法がある。結局審理不尽若くは理由不備となるから破毀を免れない。

第二点

一、原判決は甲第二号証を以て解約の申入となり断定した。然し乍ら同号証は「賃貸借期限は昭和廿九年一月末日の約束になつて居ります処……右期限迄には必ず明渡して下さい。右賃貸借は更新しません」旨の記載である。

二、右書面の趣旨は(イ)昭和廿九年一月末を以て賃貸期間満了すること(ロ)右期間の終了により明渡を求むること(ハ)更新は拒絶する旨の意思表示であつて解約の申入ではない。解約の申入は(い)賃貸期間の定なき場合に(ろ)右賃貸期間の定なき賃貸借を解約したき旨の申入である。然るに右書面には(い)(ろ)の意思表示がない。然るに右書面の趣旨は明に(イ)(ロ)(ハ)なる意思表示なるに拘はらず之を曲解し(い)(ろ)なりと判断し其他右書面が右(い)(ろ)の趣旨であることを認定する何等の証拠なきに拘はらず斯る認定をなしたのは証拠法則、実験法則に違反あるか若くは証拠に依らないで斯る認定を為した不法がある。

第三点

一、原判決は「期間の定ある建物の賃貸借であつても法定更新されたときは期間の定なく賃貸借となるのであるから昭和廿八年二月一日以降の賃貸借に付特に当事者に於て其条件に付約定した事実が認められない以上本件賃貸借は借家法第二条により法定更新され同日以降は期限の定のない賃貸借となつたものと解するを相当とする」と判断した。然し被上告人は期間一年で毎年更新されたと主張し期間終了を事由としたが右判示の如く主張はしなかつた。

二、然るに原判決は被上告人の申立てざる事項を恰も申立ありたる如く誤認して判決したのは結局申立てざる事項に付判決したことに帰するから此点に於て民訴第百八十六条「裁判所は当事者の申立てざる事項に付判決を為すことを得ず」に該当し違法であるから破毀を免れない。

第四点

一、原判決は「被控訴人と借家人との共同経営の形式をとつた証書(乙第六号証)をとり交はしたが」とか「前契約と同一内容の事業共同契約書(甲第一号証)を差入した」と認定し乍ら(イ)右共同経営であるのかないのか(ロ)又是が本件賃貸借契約と如何なる関係あるのかないのか(ハ)否本件賃貸借契約は右共同経営の為に如何なる影響を受けるのか等の重要事項に付遂に判断をしなかつた。

二、前示の如き「共同経営の形式をとつた証書(乙第六号証)を差入れた」とか「甲第一号証を更に差入れた」ことを認定した以上は本件賃貸借契約は真実共同経営なりや否やに付判断しなければならない。唯形式をとつたとか証書を差入れというだけでは其共同経営は本件賃貸借契約の内容に如何なる関係を及ぼすかに付判断を与へて居ないことになる。右共同経営なるものは単に形式上であつて法律上何等効力ないというのか若し無効だというならば虚偽の意思表示であるから無効というのか又は其他如何なる理由に基き無効というのか其無効の法律上の原因に付説示しなければ理由不備であるか審理不尽となるから破毀を免れない。

第五点

一、原判決は解約の申入の正当性を判断するに当り被上告人側の生活や将来に付色々と判示してる。然し乍ら上告人側の生活や本件明渡によつて蒙る結果に付の利害関係に付考慮することがない。解約の申入の正当性は客観的に双方の利害関係を比較対照して考へなければならない。単に賃貸人側の一方的必要だけでは足らない。明渡によつて上告人側が如何なる悲惨な結果を招来するかに付考へなければならないに拘はらず原判決は此点に付極めて審理を尽くして居ないのみならず其判断も欠けて居る。

二、本件明渡をうければ(イ)上告人一家の住居が如何になるのか(ロ)上告人の営業は如何になるか(ハ)上告人の住居先や営業の行先はどうなるかに付果して原判決は深甚の考慮を払つたであろうか。「現に控訴人の子供二人は岡山市湊の両親の許に預けて居り同家には控訴人の店員も寝泊りしてるので住居のことも差当り困窮しない」と判断したが上告人が従来住居の点に付困窮していればこそ其両親方に依頼して親子別々の生活という不便不利不合理な方法をやむなくとつて居り又店員をもやむなく店から離れて住居しているのであるに拘はらず両親の許に子供を預けたから店員の寝泊りする処があるから上告人が本件明渡をされても差当り住居に差支ないとは不合理で非常識な弁明である。上告人が生活の本拠である本件住居、又生計の源泉である営業店舖を喪失したときは生活に困る事は自明の理である。之に反し原判決認定の被上告人側の生活は豊であり、さして困窮して居ない比較すべくもない上告人側の本件明渡によつて蒙る悲惨な結果の具体的事実に付暖き情理を尽くした審理と公正な判断を与へなければ国民が深く信頼している我裁判制度に対し遂に信頼を裏切る不当な結果を招来するやも計られん。憲法第二五条は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ことを明示して居るに拘はらず原判決の判示する如き不合理な判断をなすときは国民が憲法によつて保障された此権限が保障されない結果となる。従つて原判決は(イ)解約の申入の正当性の判断が双方の利害を考量して其正当性が社会的、客観的に正当であるかどうかを判断しなかつた不法あり(ロ)単に被上告人の利益のみを偏視し上告人の利害に考慮を払はず其明渡によつて蒙る悲惨な生活状態の具体的事実に付審理を尽さず(ハ)又上告人の利害関係に温情ある判断をしなかつたのは憲法第二五条により保障せらるゝ国民の権利を保障しない結果となるから(ニ)原判決は憲法第二五条の違反となる。

第六点

一、上告人は原審に於て被上告人の本訴明渡請求は権利の濫用であることを主張したことは原審提出の第三準備書面(昭和卅一年二月十三日)により明白に記載され右は同年三月十二日の口頭弁論に於て陳述されたことは同日の弁論調書により明白である。

二、然るに原審は上告人の此重要なる主張に付何等判断を与へなかつた「権利の濫用」は民法第一条に明記する処で右主張が理由あるときは被上告人の本訴請求は理由なしとして棄却せらるべく、従つて原判決は当然破毀せらるべき原判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背あるにより民訴第三九四条に該当するものとして破毀せらるべきである。

三、仮に然らずとするも「権利の濫用」であるとの上告人の重要なる主張、従つて此看過すべからざる重要なる争点を看過したのは憲法第三二条「裁判をうける権利を奪」はれた結果となる。蓋し同条は単に国民が抽象的に民事訴訟法上の訴権、上訴権の如き包括的権利のみならず民事訴訟法所定の個々の権利、例へば一の重要なる争点に付判断を若し受けたならば必ずや判決に重大な影響を及ぼしたであろうに拘はらず其重要なる争点の審理判断をうけなかつたときは結局其重要なる争点に付裁判をうけなかつたことに帰し憲法第三二条所定によつて保障せらるゝ国民の権利、索いては同法第十一条の国民の基本的人権を奪はれたことになるから原判決は憲法第三二条第十一条に違反するの結果となるから破毀を免れない。

以上

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